KIBIHA

つづしつづらんつづらおり

かにかま園

扇子が折れた。去年の夏父がくれた少し高価な扇子だった。

どこかの路地裏、折れた軸を弄びながら向かいのブロック塀を見ていた。

センス、の響きはメンス、と似ている、とか、どうでもいい連関ばかり見つけては、いい気味になってしまう。

「ところでさ、」

誰かが言う。「なんで、何もしてないの?」

「え、だって…」

“しどろもどろの言い訳をする”用のカンニングペーパーすら手元には用意してない。

さっき食べたアイスクリームのカップのふちがもうふやけていた。残りを丁寧に舐めた。暑い。

「ちょっと寝たら」

「うん」

古典的なコテン。

「じゃなくて」

「それは比喩」

じゃばじゃば…と向こうの方から水を流す音が聞こえてくる。

さすがに頭が茹だっている。打ち水とはほど遠い量の水が流れてきた。

「あわわ」

少し混じる塩素の匂い… 水色のサンダルはどこかにいって、爪の半月が綺麗になっていた。


なんでも、失くしてもすぐに取り返せると思い込んでいて、だから、何も大事にできない。

ぎ、と心臓に立つ白羽の矢、そのままもっていかれそうになって、待ったをかけては、ひとつ失う。

「バー食べたとこだけど、どう」

バー食べたのはそっちだけだけどな。

「余裕しゃくしゃく、緑の部分までちゃんと食べます。種は庭に植えます」

「うん。そうしな」

繰り返し再生される架空の縁側の風景。その辺にちらばってるヒマワリの種。

ちぎれては再生を繰り返す雲みたいな、愛情のこもったナンのような、そういう精神性。

皮だけ陽気な瓜の8分の1がどうしようもなく残った。

ずっと見つめていると、この世の理不尽を音叉に打ち付けたようにユウウツが増幅されてぐわんぐわん頭を揺らした。

ユピテルユピテル、虚ろな目で唱えては、すぐに落ちそうな気持ちになる。

「これからどうしようか」

「あ、そのことばは」

一番好きだった。次の想像、あっという間にヨットに乗っていたりするから。

「そうだな…ちょっと神社に行くのはどうか」

「神社でジンジャーエールといこう」

プルタブを引く音。プロージット!


「これからどうしようか」

日が暮れて、もう無邪気な風は吹かない。考えなしに水たまりに飛び込んでも、許してくれない。

神隠しの時間になって、1か0がどっかからか決断を迫る。

「どうしようかなぁ」

玉砂利を擦って古びた長襦袢が通過する。そっと未来を透過する。

「裾をからげればいいのにねぇ。そうだ、唐揚げを食べるというのは」

返事はない。

「大粒岩塩の振ってある牛肉でもいいよ」

さぁ…と小さな石や砂までもが汚れた着物を追う。どうして?

「じゃあ海!海だよ!夏だし、やっぱ特急乗ってどっか行きたいよ。」

大声で叫ぶと、ほら貝に耳を当てたときみたく潮の遠鳴りが聞こえる気さえする。

でも風は砂を巻き上げてどんどん強くなる。

「あ~あ」

宙をあおぐ。扇子が飛ばされていくのが目に入った。

もちろん返事はいつまでもない。



f:id:togano-com:20170712151046j:plain:w250


(すぐに取り戻せると思い込んで取りに行かなかったら取り戻せなくなったものの卑近な例)