KIBIHA

幾夏のさぶあかうんと

泉・蟻のみ

飽きもせず言葉を採集しては一語ずつフェルトペンで大きく書いた札がついに500枚ほどになりまして。大して多くない気もするけど、せっかくなので何かやってみようと思い立ったので、試してみます。

500の中から無作為に引いた3つの単語を使って小咄を書こうというベタなもの。

 

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今回は「怜悧」「いたちの道」「リリカル」

 

よしゃ〜いってみよっ

(思いつきなのでとってもあやふや、雰囲気のみ) 

 

 

 

思い当たる節があって、眼鏡をやめた。

夜に四日市を走ると、眩く霧散する光が今をあの頃と錯覚させるようになった。

広いフロントガラスの向こうに今にも何かが飛び出してきそうでそわそわしてしまう。

トンネルを抜けた先、もう一度弾ける白い光線。コンタクトレンズは長時間装用していると焦点が合いづらくなるようだと、最近気付きがあった。ドライバーには向かないもののように思う。外せばいいのに、それをしないのはきっと、荷台の上にも下にもしなだれかかる、にっちもさっちもいかないしがらみ、そう呼ぶにはまだ早い思い出のためだろう。

 

あの頃は、いたちごっこの恋愛はもうしない気がしていた。

自分も大人になったのだ、媚びては逃げられ、逃げられては追う、そんな不毛な恋愛はもう二度とするまいと、そう決め込んでいた節さえあったぐらいだった。

そんな誓いを破るのはいつだって、鮮やかな不意打ち・避けきれなかったヒヤリハット!知ってるはずでも華麗に引っかけられてしまう。

 

緩やかなカーブにさしかかる。ドラマティックな、鋭角に切り込むカーブじゃなく、なんでもなく通過できてしまいそうな、腑抜けたカーブに。

 

そこに飛び込んでくる、真っ白に雪化粧をした美しい貂(てん)。

慌てて急ブレーキをかけた。後続の車たちは中央分離帯を越えかろうじて追い越していった。

トラックから降り、駆け寄って抱き上げる。折れそうな身体やその温度に、頬がゆるんで、唾液がじゅるじゅると口内の皮膚を溶かすようだった。

貂は、元気がないわけではなかった、むしろ好奇心旺盛にこちらを見ている。こちらを見ている瞳に自分が写る。もうあの頃みたいな瓶底眼鏡はかけていない。彼女に、似合ってないと言われてからも、意地になってしばらくはかけつづけていたけれど。

 

連れ帰って、助手席に乗せた。運ぶ荷物とともに、知多半島まで駆け抜けてしまおう。

そう思って、勢い良くアクセルを踏み込む。少し音が遠ざかるAOR

「夜のドライブのBGMで人柄がわかるの」

彼女にそう言われたから、爆走ソカは速やかに封印して、海の家で買ったサーフロックに切り替えたら、変な顔をされたものだった。

「あなたはわかってないね」

もう一度考えた結果、ジョンケージにしてみたら、もっとしかめっ面になった。

「…私、あなたの考えてることがわからないわ」

きっかけは、そんなことだったっけ。思い出したところで、再びトンネルに入った。

—どうしてそんなつまらないことで機嫌が悪くなるんだ?

いつものように、胸の内で留めておけばよかったその言葉を、そのときはつい口に出してしまった。真一文字に結んだ唇が真っ赤に染まったのは、色の濃いルージュのせいだけではないだろう。

わからないままでいいわよ、一生」

ボンネットに置き去られたシルクのハンカチーフは別れの意味だったと気付いたところで、あとのまつりだった。彼女は最後まで可憐に華麗にとびきり怜悧だった。

 

そう夢想する刹那、いたちが横切る。

あっという間もなく、閃光に見紛う速さで。

 

タイヤに鈍い感触を感じる。咄嗟につぶりかけた目でぼんやり見えた助手席に、あの貂は居なかった。

スリップしながら思い出したのは、今思い出す必要のない、貂はいたちの仲間だという豆知識、それから、彼女が最後に寄越したリリカルな手紙だった。

 

ああ、もう戻れない。

 

がくん、と車体が傾く衝撃が、二重に脳天を貫く。

 

鮮やかな不意打ち・避けきれなかったヒヤリハット

人生を狂わすのは、いつだってそういうものだ。

 

 

※「いたちの道」とは「行き来・交際・音信が途絶える」という意(コトバンクより)