KIBIHA

つづしつづらんつづらおり

こてん(ぱん)


古語では「帰るさ」で帰り道のことを指すらしい。
最近また久しぶりに古語辞典を読んで、面白い言葉をいっぱい発見してしまった。(やっとサ行まで到達した)

古語辞典には、そんなことまで言葉にしちゃうの!ってくらいの特定の状況を指し示す言葉でも独立項目としてけっこう載っている。「言霊の幸はふ国(ことだまのさきはふくに)」「後朝の朝(きぬぎぬのあさ)」「追ひ風用意」とか。比較的使用頻度の少なそうでマニアックなこういう語を集めるのが好き。あと、時が経っても現在と感覚は変わらないことをつくづくと感じさせる言葉も好き。現在の「月夜に提灯夏火鉢」ということわざにあたる「夏炉冬扇」という四字熟語とか。こんな触れ方では趣味の範疇にとどまってしまって、古典の成績はちっとも伸びないけども、新しい言葉を知るのは楽しい。

あともうひとつ最近古語関連で良かったのが「葛城の神」の逸話。この神様は、自分の顔が醜いのを恥じて夜にしか働かなかったので、建設するべきだった橋が完成しなかったとか。奈良の山の神様なので、なんだか余計に可愛らしく思える。物事が成就しないときに引かれる言葉でもあるらしいけど、橋を架ける仕事より自分の体裁を優先するところが妙に神らしくて、むしろくすっと和む話な気がする。(直感的な感覚を理屈めいた理由で説明してしまうと途端に瑞々しさが失われて野暮ったい感じになってしまう…)

現代に復活してくれたら使い勝手がよさそうな語もけっこうある。才気のある様子を表す「才めく(かどめく)」や、少しずつ何かをする様子を表す「嘰る(つづしる)」など。昨今のやまと言葉復興の風潮とは別の視点で、こういう言葉があったらよりより便利なのではないですかと、潜在的ニーズを開発するような感じで、まめやかな…もとい実用的な使用のために提案したい。少々無理をしてきれいな言葉を使うのもそれはそれで乙だけど、波及はしないだろうし、どうしても限られた人たちの中での暗号みたいになっていっちゃうと思うので、個人的には必要な言葉を選んで使っていこうと思う。

最後にひとつ。同じ語でも昔と現代とで意味が違うものはたくさんあるけど、この前知った「絆」という言葉の古今が特に印象的だった。

きずなきづな)は、本来は、犬・馬・鷹などの家畜を、通りがかりの立木につないでおくための綱。しがらみ、呪縛、束縛の意味に使われていた。「ほだし」、「ほだす」ともいう。 
人と人との結びつき、支え合いや助け合いを指すようになったのは、比較的最近である。
wikipediaにもこうある。現代では(きずな)と読んで、ポジティブな意味で使っているけど、けっきょく、きずなというものは、むやみにあちこちで結ぶと自分を束縛するしがらみになる、という結論に戻ってくる(言葉のかつての意味を知っていなかったとしても)のでは…とだいぶこじつけみたいな邪推をしている。

語彙も足りていないし、言葉の選択の精度も低すぎだなぁ…と書き終えていつもみたく反省。度が合っていなくてぼんやりしてる眼鏡をこねくり回してるみたいだ。

最後に、ここ数日毎朝聞いているナイスなブラジリアンダンスミュージックでおしまいにします。




雑記:今日の新聞にぼくのりりっくのぼうよみさんが載っていた。前から知ってたことだけど、同い年という事実に改めて心が打ち砕かれて、しばらく手が止まった。他の十代のミュージシャンやアイドルモデルの人もそうだけど、こうしてプレ成年みたいな歳にもなると、それこそ才めく人たちは当然頭角を現しはじめているわけで。自らの失われし2年間を思ってやりきれなくなってくる。自分は今後どうしていくんだ??進学したあとやりたいことは山ほどあるけど、それらは自らの未来へ投資される類のものでは無さげだし…。スーツを着る仕事は嫌だとか言いながら、かといって何で生計を立てていきたいんだ??ひいてはどういう老後を送りたいんだ??果たして結婚できるのか??とか、いや今はとりあえず勉強するしかないんだけど…折にふれてすぐそういうことを考え込んでしまう。まずは足元を見なきゃ。これでは駄目ね。