KIBIHA

つづしつづらんつづらおり

シリアスに割く


ひょんなきっかけから、動物を殺して食べているということについて考えることになった日だった。昔に森達也さんの「いのちの食べ方」という本を読んで以来、ずっと心のどこかには引っかかっているものの、忙しさや刹那的な楽しみにかまけて、久しく見て見ぬふりをしてきた。でもやっぱり、時間ができれば、もう一度考え直して、また知識を入れる必要があると改めて確認した。
ただ、肉や魚に関わらず、外食でも家でもどこでも、何でも残さず美味しく食べるというポリシーだけは貫いて生きてこれているのはまぁとりあえず宜しいと思う。何なら他人の残した分まで食べる。そうやって太っていくのだろうけど。
ひとりで暮らすようになっても、ちゃんといただきますと言って食べよう。自然に自炊では肉は控えるようになりそうな気もするし。



カティサークという言葉は妙に記憶に残っている


村上春樹のエッセイに出てきたお酒の名前。
どんなシーンだったかは全然思い出せないけれど、安西水丸さんのイラストの色合いとその単語だけが、ぽっかりと宙に浮かんだように。




念願の!スリッポンみたいなぺたんこのスニーカー、手に入れた。足が大きいので、カラーバリエーション豊富な店にサイズがなくてがっかりしていたら、近所の靴屋さんにあった。しかもアウトレットでとても安かった。今までぱっとしない靴しか置いていない店だと侮っていたことを詫びたくなる。買ってから気づいたけどこれもメンズものらしい。どこへ向かっているんだろう??まぁそれも一興。



無題


きっと自分は子供を産むまいと思う。自分の遺伝子を継いでほしくないし、たぶん恩着せがましいから自分の子どもでも愛せない。でも友人に子供ができたら伝えるだろう 特別なことがないときでも何度もしっかりと抱きしめ手をつなぎ頬ずりをして、人の存在を価値の基準で考えないでいられるような人になれるように、ちゃんと自己肯定感を感じさせてあげてね と  別に自分がそうやって育てられなかったからとかそういうんじゃないんだけど本当にそう思う。
すごい寂しい 冬だし 手氷みたいに冷たい 心理的にも物理的にも完全に誰かに全部ゆだねさせてほしい、ってまたしてもらうことばっか求めてんじゃん利己的〜…。そんな風に誰かに思い切り抱きつくようなことは一番仲良い子にもまだできたことないのに無理がある。

堂々巡りはやっぱり目が回るらしい


堂々巡りという言葉は、僧侶が祈祷のために寺のまわりをぐるぐる回り歩いたことに由来するらしい。目が回ることもきっとあっただろう。

果たして自分はこの3年間を最大限に活かせたのだろうか・もっと他にできることがあったのではないだろうか、という、自分の中でもう飽きるほどに幾度となく考えてきたこと。もう結論は出ているはずなのに、轍がくっきり残った思考回路を繰り返したどるように、まさしく堂々巡りの思考が未だに止まらない。むしろ、堂々巡りというよりも迷宮入りといった方がふさわしいかもしれない。
気候が翳った心に追い打ちをかける。木枯らしと一緒に寂しさが身体の隅々にまで忍び込んでくる。氷のように冷たくなる手を持て余しては何かにつけて落ち込んでしまう。寒さがしのげる暖かい家があることや懇意にしてくれる人たちへの感謝も忘れがちになる。
家族が見ているトトロの音声が一段と神経を逆撫でする。

この前古着屋さんで買った洋服を着て外で勉強しよう。
祝日にショッピングに出かけたけど、夢の中で近所に服屋を作るほどに恋い焦がれていたファッションの世界は本当まだまだ自分には遠かった。手も足も出なくて、買いたかったアイテムも見つからず消化不良のまま、用意していた予算を残して帰った。
でも、唯一買ったこの服はとっても可愛い。見れば見るほど気に入ってくる。
Universityと書いてるので、大学で着ると考えるとちょっと笑える。
ルーズな感じが好きなので、最近はメンズにしっくりくることが多い。

 

打ち付けなる…

今朝は駅で待ちぼうけ。
ちょうど良い空き時間ができたので、不十分だったメイクを足すのに充てたけど、今日は朝風呂をしたため髪も乱れていて、寝不足で顔も上手く仕上がらなかった。このままずっと来ないままで学校に行かないでよくなったらいいのになぁ、と思う。(この軽い希望があとで思いもしない形で叶ってしまうとは!)
そのうちどんどんホームに人が溢れてくる。みんなが電話口で同じようなことを言って遅れる旨を伝えてている。その非日常感は悪くなかった。

やがて電車がやって来た。田舎では普段経験することのない、圧を感じるほどの満員電車だった。バランスを崩してもふらつかないから少し楽でいいけど…と思って揺られていると、駅に着いた。

さて降りる段になって、なんとなく予想していたけど、案の定こけた。そうだ、自分はめちゃめちゃ反射神経悪いんだった…などと思う間もなく、たちまち膝の痛みに頭の中が占領され、意識が遠のいていった。立ち上がろうとするけど、ふらついて、横になるとすごく楽なので横になってしまう。二度寝をしてしまうときに少し似ていた。

気付いたら人垣ができていて、大人の人たちに大丈夫ですか!と呼びかけられている。誰かがトートバックを枕にしてくれる。今たぶんすごい顔してるんだろうな…と妙に関係ないことを考えながらうつ伏せる。救急車呼ぶね!と心温かそうな女性の声が聞こえて、あっ全然そんな大ごとじゃないんです…と思いながらも、ひどく弛緩した気持ちで、軽くうなずいてしまう。
申し訳ばかりの掠れ声で、ありがとうございます、すみません、を繰り返してる間に、担架が来て、いやぁ大げさですよ〜大丈夫立てます、と思うんだけど、動けなかった。助けて下さった方々に、そんな重たいリュックを持ってもらってしまってすみません、ご迷惑をおかけしました、と言おうとするんだけど言葉も出なかった。
あぁーと思う間に、はじめて担架で誰かに運ばれて、ちょっと嬉しい。でもやっぱり膝は痛いし何が何だかわからない。

駅の救護室に運んでもらって、少し落ち着く。
というより感動していた。見ず知らずの人間がこけて意識を失ったくらいでこんなにいろんな人が足を止めて心配してくれるということに。
ほうぼうに連絡をとる。申し訳なさで縮こまる。救急車まで車椅子に乗せてもらった。押してもらいながら、このまま一生歩けなくなったら生きていけないかもなぁ、とか漠然と思っていた。(蓋を開けてみると、骨折はおろか捻挫さえしていなくて、本当にただの擦り傷だった。何より自分が大げさだった。)

救急車に乗るのもはじめてで、また少し楽しい。ここぞとばかりに車内を見る。蛍光カラーのコード類。車内のちょっとした愚痴。iPadを活用している救急隊員の人。サイレンを鳴らしていても、搬送されているのが必ずしも瀕死の人間ではないということも知る。
でも親に出費を強いると思うとまた気が重いので、救急車に乗るのはどのくらいお金がかかりますか、と聞くと、無料ですよと言われて驚いた。日本の医療インフラすごいなぁと思った。同時にそんなことさえ知らなかった、関心を持ちもしなかった自分を恥じた。(駅に救護室があることすら知らなかった。)

病院へ着いて、採血しますよと言われて焦った。注射など、針を刺すのは本当に苦手だ。つい最近はじめて採血したときも、顔面蒼白になりながら自ら腕を強くつねって痛みになれる予行練習をして、看護師さんに苦笑いされかけたものだ。でもそのときも今回も、してしまえばどうってことはなかった。これでひとりで病院へ行けるなぁと安心する。
特に異常もなく検査が終わった。足を除毛しなかったことを軽く後悔していた。

祖母が迎えに来てくれて、今日は祖母の家にいることになった。本当、不甲斐なさに呆れている。そしてこれは何かの…たぶん最近勉強もせず手伝いもせず浪費して好き勝手なことをしすぎたことの…罰なんだろうなぁと確信する。
でも何より、見知らぬ自分を助けて下さったたくさんの人たちにお礼を言いたい気持ちでいっぱいだ。そして家族にごめんなさい。

とりあえず明日からは(明日だけでも!)早起きして余裕のある時間にちゃんと家を出よう。

思い出すことなど


今日は徹夜となってしまいそうだ。去年よく聴いた音楽を聞き直していると、えも言われぬエモーションが、久しぶりにありありとした記憶を伴って湧いてきて、気持ちはすっかり去年の秋に引き戻された。懐かしくて胸が痛む。やっぱり確固とした人生のターニングポイントがあったと実感する。そして、いつでもみんな絶えず変化を続けていて、気持ちも趣味も去年と全く同じなんてことはありえないのだな、とこれまた当たり前のことを思った。あのときの気持ちをもう一度体験することができないことを、寂しく感じるほどに、輝いていた日々だった。
空がとうもろこしの皮のようにごわついて、蒼いベールに包まれはじめた。遊園地のナイター営業はいつでも煌々と光る。いつまでも光っているような気さえする。記憶は生きているから永遠はない。でも永く鈍く光り続けるものよりも、彗星のように一瞬の煌めきを残してそっぽを向いてしまう、その刹那の光にあてられほだされ進み行く方がずっといい。生きている、って感じがする。
また懐古的になっている。現在を見つめるのはとかくパワーと根気が要る。